2019年6月4日アユタヤ一泊、7日バンコク一泊
※一日目 アユタヤで一泊
※二日目午前中 バンコクのスラム街にて研修 午後からミャンマーへ移動
※ミャンマーからバンコクに到着後に日本への帰国便に乗り遅れたため翌日はバンコク市内にて一日観光
旅の大失敗
【トラブルその一】
国内空港で購入した数千円もしたSIMカードが何故か現地で使用できずに困ってしまった。
※原因不明
【トラブルその二】
旅立つ前に日本で予約していた最初の宿泊先はバンコクだったが、トラブルのため宿泊ができなかった。
世界遺産アユタヤへ鉄道で向かう際に、なんと下車する駅を間違えてしまいました。初日からミスりました。
時間が遅くなったせいでバンコクに帰れなくなり、そのままアユタヤで一泊するはめになった。しかも宿代をケチって個室ではあったが、エアコン無しの部屋を選んでしまった。そのせいで猛烈な猛暑で殆ど寝れなかった。
タィの熱帯夜をなめていたわけではないが、まさかここまでの猛烈な熱帯夜になるとは思ってもいなかったし、情報不足だった。暑さと脱水症状で、汗が滝のように一晩中流れて気を失うかと思うほどの地獄を味わった。しかも午前中に、バンコクでアポを取っており、早朝5時には、宿を急いで出発しなければいけなかったが、何と預かっていた鍵で玄関が開かなかった。しかたなくフェンスをよじ登ることにしたが、その際に金具が胸に引っかかって服を突き抜け身体に傷が入ってしまった。服の上からであったので傷は薄かったがかなり痛かった。なぜ鍵が開かなかったのかは、未だに納得がいかないが済んでからとなれば、どうでもよい出来事に思える。
とにかく踏んだり蹴ったりのアユタヤで一晩を過ごし、バンコクへ向かった。
【トラブルその三】
最終日と思い、気が緩んでいたのか、帰国の際にバンコクの空港で日本行きのフライトに乗り遅れてしまった。
ヤンゴンからバンコクに到着し、旅の最終を迎えた夜に、バンコクから日本への帰国便をわずかな時間で乗り遅れてしまい、夜中にカオサンで急遽宿を探し、一泊したと同時に水のような下痢の症状が出てその症状は帰国後、なんと数日間も続いてしまった。
乗り遅れた際にはタイ航空会社二人の係員の方が、とても親切に対応していただいたので特別混乱もなく落ち着いて対応することができた。
※帰国便に乗り遅れた際に、タイ空港では日本語を話すスタッフはおらず、全てジェスチャーとサバイバル英語でのやり取りとなった。
空港で一泊も考えたが、一日目にアユタヤで泊まり、バンコク市内での滞在が出来ていなかったので、思い切ってそのまま夜中だったがタクシーでカオサンまで行って宿に泊まることにした。
【トラブルその四】
バンコクで強烈なスコールに直撃してカバンも全身もびしょ濡れとなってしまった。心身疲労が募り、とうとう早く帰国したい気持ちになってしまった。これは帰国した後にも強く感じた事だけれども、失敗というよりも後悔に近い気持ちかもしれない。午後からは何故か疲労感も回復したし、雨に打たれてびしょ濡れにはなったにしてもその時、その時をもっと楽しく悔いのないようにバンコクでの滞在を楽しむべきだったとあとで後悔した。
何が言いたかったのかというと、ある方の言葉を借りれば、「私たちの幸せは、状況によって左右されるものではなく、何に心が向いているかによって決まる。」というように、もっと旅ができていることに対する感謝、異国の地で様々な経験をさせてもらっている感謝を持ってその時、その一瞬を楽しむべきであったという想いを伝えたい。
【後悔その五】
半袖しか持っていなかった為に、特に帰国する際での機内伯が震えるほど寒かった。
とにかく寒かった。
これもまたバンコクから日本まで震える寒さの地獄であった。
1日目 アユタヤにて一泊




















二日目 バンコク市内スラム街研修

ノーヘルでしかも一般道路を70kmで走行は怖いものがあった
また到着した場所が目的地の住所とは違う別のエリアで全く知らないスラム街に取り残されてしまった。親切な住民の助けを受けて2回目のバイクタクシーを利用することになり、そこでもかなり迷うことになった。最終的にはタイ語で親切に書いていただいた住所のおかげで無事に目的地まで到着した。タイ語での住所が無かったならばおそらく目的地にはたどり着けなかっただろう。駅で英語の住所を見せたときにわざわざタイ語で書き直してくださった店員に感謝します。





大都会の中に大型ショッピングセンターがあるが、つい先ほど滞在していたスラム街からもわずかな距離であるのには驚いた。

今回、バンコクのスラム街に研修で訪れたが、タイの格差社会について、教育の重要性について、多くの事を考え学ぶ時間となりました。
最終日はバンコク観光



















